小学5年の時、いじめられている友達をかばううちに自分が標的になり、学校に行けなくなりました。
医師からは「適応障害」と診断。その後、国が定める「出席停止制度」を適用して“加害生徒の出席停止”を学校側に訴え続けましたが、認められませんでした。
そして迎えた卒業式の前日。レイさんは教育委員会に「せめて卒業式だけは出席したい」と直談判することにしたのです。
◼中学最後の日を安心して迎えることはできたのか?いじめと闘うレイさんの思いとは?
大阪府高槻市に住む高校3年のレイさん(仮名・18)。充実した高校生活を送っていますが、中学まではいじめに悩んでいました。
3年前、当時中学3年だったレイさんは15歳の誕生日を迎えていました。家族の前では笑顔を見せますが、このとき学校に通うことはできていませんでした。
▽(中学3年(当時)・レイさん)「学校の土地に入ることが嫌やった感じですね。学校自体に拒否感を覚えるし、先生も嫌やし全部嫌みたいな」
始まりは小学5年のとき。いじめられている友達をかばううちに、自分が標的に。集団で悪口を浴びせられ続け、学校に行けなくなったのです。
▽(母・麻衣子さん)「嗚咽。過呼吸のような感じで、ランドセルに準備をしながら泣き崩れていて、(学校に)行った方がいいと私も思っていましたが、その姿を見て『行かなくていい』って」
学校が仲介に入り、レイさんといじめた男子児童の間に「できる限り接触しない」という約束が交わされました。
中学には最初は普通に通っていましたが、半年ほどすると、小学校の時と同じ男子生徒からまたからかわれ始めました。
そして中学3年の10月に、教員の目の前で「殴りたい」「殺したい」といわれたことが決め手となり、再び不登校に。医師からは、いじめによる「適応障害」と診断されました。
▽(中学3年(当時)・レイさん)「吐きそうになるし、嫌悪感とかいろんなマイナスな気持ちが出てくる感じ」
◼中学最後の日…「せめて卒業式だけは」思いが叶い友達とも再会
卒業式の前日。レイさん(仮名)は教育委員会に向かっていました。「せめて卒業式だけは出席したい」と直談判することにしたのです。
教育委員会の担当者を前に、耐え忍んできた辛い思いがあふれます。
▽(レイさん(仮名))「5か月間、自分で一人で受験勉強して友達と過ごす時間もとられて、最後の一日くらいはうちが心配なく過ごせるようにしてください」
この日の夜、校長と担任らが自宅を訪れ、状況が一変します。レイさんさんが卒業式に出席している間、加害生徒は別室で待機することになったのです。
(レイさん)「なんか報われた感じがして」
(母・麻衣子さん)「あした思いきり楽しめるもんな」
(レイさん)「楽しいでうれしい」
(母・麻衣子さん)「あした一日だけやけどな」
中学最後の日にようやく叶った登校。久しぶりの友達との再会に笑顔を見せます。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/1020da612fdc4dd4636dbb63d4e57c1ccaaea6b4
2026/1/25(日) 0:00
引用元: ・【いじめ】「卒業式は出席したい」いじめ不登校の中学生が市に直談判→加害生徒は別室で待機 [煮卵★]
これ社会でもそうでそういう奴が部長になっていると辞める人が多い
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