2026/1/24 09:00 藤崎 真生
「取材とは『事実として報道してもよい、あるいは記事にしてもよいレベル』にまで事実を確かめ、裏取りをする作業である」
元新聞記者の恩師が生前、私に託した書籍の一節だ。主題はジャーナリズム。著者も恩師同様、新聞記者だった。衆院選が近づく中、言葉の意味を改めて考えている。ここ数年で選挙を取り巻く環境が、SNSの台頭で大きく変化してしまったからだ。
選挙報道では公平性が前提ゆえ、特定の候補者に肩入れはしない。そうした事情もあり、公示や告示以降は「公平性を保つため細かい情報を出したくても出せない」という状況になる。このため、有権者側には情報への渇望が生まれる。一方のSNSは真偽不明も含め、思い思いの情報を流すことがある。
(略)
※全文はソースで
https://www.sankei.com/article/20260124-IZLOGVPLIBKG5B52ORQE76LGRU/
引用元: ・選挙を玩具にするな 記者の矜持「記事にしてもよいレベルまで事実確かめる」 (産経新聞) [少考さん★]
「自己中解散ヤバすぎ」 衆院選『費用850億円」報道に怒りの声 「そんなお金があるなら…」「はらわた煮えくり返りそう」
中日新聞
コメント