引用元: ・「EVシフトの大失敗」だけではない…「森林伐採規制」を世界中に押し付けたヨーロッパの自縄自縛 [662593167]
■森林伐採規制を棚上げするEU 欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は今年12月30日、大企業に対し「森林破壊防止のためのデューディリジェンス義務化に関する規則」(EUDR)を発効する予定だったが、一年の延期を余儀なくされる模様だ。この規則は、コーヒーやカカオ、牛肉などの食品類をEU域内で扱う事業者に対し、ある証明を義務付ける内容のものだ。
その証明とは、生産に当たって森林破壊を伴っていないという証明である。EUDRが発効されれば、域内の事業者は森林破壊を伴わずに生産された食品類しか域内で流通させることができなくなる。こうした経路を通じて、食品類の生産者による森林伐採に歯止めをかけようというのが、気候変動対策を重視する欧州委員会の狙いである。
そうはいっても、程度の差はあれ、食品類の生産は森林伐採などの環境負荷を伴うものだ。そのためEUDRが発効されれば、域内の事業者はそれに適合する食品類を確保する必要に迫られる。当然、そうした食品類の供給は少ないため、域内における食品価格は高騰を余儀なくされる。ゆえに、多くの事業者がEUDRの発効に反対した。
9月にはドイツのオラフ・ショルツ首相が、EU加盟国のリーダーとして初めて、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長に対してEUDRの発効の延期を要請するなど、EUDRを棚上げする機運が高まっていた。こうした経緯を受けて欧州委員会は、今年12月30日に予定していたEUDRの発効の延期を余儀なくされたのである。
正確に言うと、欧州委員会がEUDRの発効を延期するためには、欧州議会と加盟国の承認を得る必要がある。とはいえ、多くの加盟国はこれまでにEUDRの範囲縮小や一時停止を求めているため、EUDRは発効が延期されることがほぼ確実な情勢だ。それでも延期が一年間で済むかは不明であるし、内容が大幅に見直される可能性も否定できない。
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■消費者からも、事業者からも不満噴出 そもそも2020年2月のコロナショック後の急速な景気回復と、2022年2月のロシアショックを受けて、EUの食肉価格や嗜好品(コーヒー、紅茶、ココア)の価格は3割以上も上昇していた(図表)。EUDRを発効した場合、こうした食品のさらなる値上げは避けがたく、加盟各国の国民から相当な不満が噴出することは明らかだった。
他方で、EU域内の事業者の中には、EUDRの発効を念頭にすでに対策に取り組んでいた企業も少なからず存在する。当然ながらそうした事業者からは、今回の欧州委員会の対応に対する不満の声が強く上がっている。一連のエピソードには、日本の事業者がEUでビジネスを行う上での教訓が含まれているので、簡単に事情を解説してみたい。
EUDRの発効を念頭に対策をしていたEU域内の事業者は、EUDRに適合した原材料を確保するため、多額の割増金を生産者に支払っていた。EUDRが発効されていれば、域内の事業者は割増金のコストを食品類の価格に転嫁することができた。EUDRに適合した食品類の流通しか認められないなら、消費者もそれを受け入れるしかないからだ。
しかしEUDRの発効が延期となったことで、消費者も従来通りの食品類を引き続き購入できることになった。これでは環境意識の高い消費者以外、EUDRに適合させるためのコストを上乗せした食品類の購入など見込めない。そのため、EUDR対策を進めた事業者は割増金のコストを価格転嫁できず、そのコストを自ら負担せざるを得なくなる。
ロイターの報道によれば、例えばカカオ加工業者やチョコレートメーカーは、EUDRにて適合したカカオ豆を6%(1トン当たり300ポンド)高く購入していたとされる。原料であるカカオ豆の段階で6%であるから、最終的なチョコレート製品の価格は2割程度高くなるのではないか。こうしたコストを、事業者が負担することになるのである。
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■EVシフトの失敗にも共通 EUの規制が及ぶ範囲はあくまでEU域内であるが、域内にはEU域外の国籍の事業者も数多く存在する。そうしたEU域外の国籍の事業者も、EU域内で事業を行うためにはEUの規制に従わざるを得ない。そしてEU域外の国籍の事業者は、母国でもEUの規制を踏まえて事業を営むことになると期待される。これをブリュッセル効果という。
例えばEUは、2035年までに新車の全てを電気自動車(EV)に代表されるゼロエミッション車(ZEV)に限定するという規則を定めた。これを受けて、日本の完成車メーカーもEU市場でのZEV化を踏まえた対応を余儀なくされたわけだが、同時にこうした流れが、日本の完成車メーカーのEVシフトを外圧面から促した面もあったのである。
そうはいっても、日本の完成車メーカーは、EVシフトに対して慎重な対応に終始した。むしろハイブリッド車(HV)の可能性も追求し続けたため、足元のEV不況の下でも、日本の完成車メーカーは堅調な業績を記録し続けている。対照的に、ドイツのフォルクスワーゲンのリストラが物語るように、EUの完成車メーカーの不振は深刻だ。
完成車メーカーばかりではなく、スウェーデンのノースボルトのように、EV関連メーカーもリストラを迫られている。仮に日本の自動車メーカーがEVシフトに傾斜していたら、EUの自動車メーカーと同様のリストラを余儀なくされていただろう。結果として、EVシフトに慎重に対応したことは、日本の自動車メーカーにとって有利に働いた。
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■「急がば回れ」漸進的な対応こそが得策 EUDRに関しても同様だ。発効の延期によって、EUDR対策を進めてきた事業者は多額のコストを負担する必要に迫られている。今後EUDR自体が大幅に見直されれば、対策に伴う出費は完全なサンクコスト(埋没費用)となる。サンクコストの発生を極小化するためには、その規制の変更の可能性をにらみつつ、漸進的な対応を試みるほかない。
EUは高い目標を定めたうえで、その目標を実現するために、急進的な対応を域内の事業者に要求する。思惑が必ずしも一致しない27もの加盟国を抱えているため、そうした「錦の御旗」を立てなければ、全体を誘導できないためだ。そのうえで、理想に現実が追い付きそうがない場合は、目標を下方に修正するというアプローチを取るのである。
同時にEUは、ブリュッセル効果の発動を狙い、EU域外の事業者にも急進的な対応を要求する。しかしながら、目標が現実に追い付きそうがない場合は目標が下方に修正されるから、先行して対応を進めた事業者には、一定のサンクコストが生じることになる。これではEU域外の事業者がEUの要求に対して身構えてしまうのも当然だろう。
EUDRに関しても、先行き、下方に修正される可能性がある。また発効されたとしても、将来的に撤回される可能性もある。EUDRのみならず、EUが発効を目指すあらゆる規制に関して、そのプロトタイプが下方に修正される展開を想定しつつ、日本の事業者は対応に臨んでいく必要があるといえよう。急がば回れ、のことわざ通りである。
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