胡友平さんの死を「利用」しようとする当局
私は常々、中国のネットやSNSを見ているが、ここ一週間で胡さんについて、尋常でない数のコメントが寄せられた。
<平凡な英雄の一路平安、天界にはあなたの場所がある>
<まさに敬うべき善行! 天界にまた一人、天使が入った>
この事件で犠牲になった胡友平さんには、心からの哀悼の意を表したい。その上で、私がいま注視しているのは、中国側の「二つの動き」である。
一つは、胡友平さんの「英雄性」を強調することで、中国人の愛国心を鼓舞しようとするものだ。これは、2019年の年末、中国湖北省武漢市で、初めて新型コロナウイルスに対する警告を発し、その後自らも感染して、2020年2月6日に死去した医師・李文亮氏(享年34)に対して取った措置を髣髴(ほうふつ)させる動きと言える。
当時の湖北省人民政府は、死後2カ月近く経った4月2日に、李文亮氏を「烈士」と称えた。この頃、突然全市をロックダウンされた900万武漢市民、及び14億中国人は、当局に対して憤懣やるかたない気持ちだった。それを当局は、李氏を「愛国烈士」に祀り上げることで、人々の怒りの矛先を、当局からコロナウイルスへと転化させようとしたのだ。
同様に、今回も胡さんが死去した翌日の27日、蘇州市公安局が、早くも「公示」を出した。その全文は、以下の通りだ。
(略)
以上である。ちなみに前述の李文亮医師は、遺言で、死後の大仰な扱いを固辞した。遺族の夫人も同様だった。そこには、当局の宣伝煽動に利用されることへの反感もあったのではないか。
(略)
周知のように、現在の中国は、不動産バブルの崩壊などで未曽有の不況下にある。失業者や就業できない人たちが各都市にあふれ、彼らは当局に対して不満を抱いている。
当局としては、胡友平さんを「愛国の士」に奉ることで、そうした人々の不満を「愛国精神」に「浄化」させたいところだろう。だからこそ、公安局の公示の最初には、「社会主義の核心価値観を深く実践し」と記している。
逆に、当局が最も恐れるのは、類似の凶悪事件が続発することだ。そのためか、公安は事件から一週間を経過した7月1日現在、犯人の人物像や犯行動機などを発表していない。発表したのは、上記のように「蘇州に来て間もない周という姓の52歳の男性」ということだけだ。
犯人は、田舎で職がなくて蘇州に出てきたが、そこでも職にありつけず、むしゃくしゃして無差別の犯行に及んだ可能性がある。少なくとも、ゴリゴリの「反日人士」で、最初から日本人を標的にして犯行に及んだものではない気がする。
さて、中国側の「もう一つの動き」は、日本とのこれ以上の関係悪化を懸念しているということだ。もっと端的に言えば、この凶悪事件を契機に、ますます日系企業が撤退したり、事業を縮小したり、中国への投資を控えたりすることを恐れているのだ。
(略)
中国は監視社会で自由が制限される半面、治安はよいとみられてきた。実際はそうでないと感じる人もいるかもしれない」
5月14日に中国の日系企業の親睦団体である中国日本商会が発表した「日系企業1741社アンケート」は、現地の日系企業の中国に対する「消極的な態度」が、明確に反映されていた。例えば、「今年の投資額は昨年と比べてどうか?」という質問に対し、「大幅に増やす…2%、増やす…14%、前年と同額…40%、減らす…22%、投資しない…22%」との回答だった。
今回の痛ましい事件を契機にして、日中関係は「雨降って地固まる」となるだろうか。現時点では、それほど楽観的にはなれない。
(近藤大介)
引用元: ・【日本人学校バス襲撃事件】死亡した中国人女性を「英雄視」する当局の意向 [7/3] [昆虫図鑑★]
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