(福島 香織:ジャーナリスト)
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民進党が政権を奪還した2016年5月の蔡英文総統の就任演説では「一つの中国原則」や「92年コンセンサス」への言及を避け、中国側の要求を完全に拒否も容認もしない比較的無難な表現にとどめている。
だが蓋を開けてみれば、そうした慎重論の予測は完全に外れた。頼清徳総統就任演説は、「一つの中国原則」「92年コンセンサス」への言及こそなかったが、国家という言葉を35回繰り返し、台湾が中国と互いに隷属しない主権国家であるという「新二国論」ともいうべきロジックを打ち出していた。
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頼清徳は、文章にして5000字あまりの演説の中で中華民国という国名を9回、中華民国台湾という呼び方を3回繰り返した。
「中華民国憲法によれば、中華民国の主権は国民全体に属し、中華民国の国籍を有する者は中華民国の国民です。このことからもわかるように、中華民国と中華人民共和国はお互いに隷属しないのです」と中華民国と中華人民共和国が別の国家であるとする根拠に中華民国憲法を持ち出した。
また「国民は、民族に関係なく、誰が先に来たかに関係なく、台湾アイデンティティを持つ限り、この国家の主人です。 中華民国であろうと、中華民国台湾であろうと、台湾であろうと、みな、私たち自身と国際社会の友人たちが私たちの国を呼ぶ名称です」と、国の正名問題もないことにしてしまった。
さらに台湾の始まりを中華民国ができるはるか以前の1624年のオランダの台南上陸にさかのぼって語った。台南は頼清徳が市長として行政経験を積んだ都市であり、今年はオランダ台南上陸400周年。就任式の祝賀の宴はその台南で開かれた。
これは中華民国や中華民国憲法を民進党が解釈し直して受け入れたともいえる。とすれば、国名や憲法を大急ぎで変更する必要もなく、現状維持のまま、独立国家であるという主張が矛盾なくできよう。
中華民国=国民党という図式はすでに完全に崩れているのだ。さらに国民党に対しては強い牽制をかけた。
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そして中国の脅威を明確に大胆に指摘した。
「私たちは平和を追求するという理想を持っていますが、幻想を抱くことはできません。中国はまだ台湾を侵略するための武力行使を放棄していないため、中国の提案を全面的に受け入れ、主権を放棄したとしても、中国による台湾併合の試みはなくならないことを理解すべきでしょう」「世界の民主主義国と肩を並べて共通の平和共同体を形成し、抑止力による平和と戦争回避を実現しなければなりません」とはっきりと語った。
ほかにも台湾が第一列島戦の地政学的に重要な場所に位置することや、半導体やAI産業のグローバルサプライチェーンにおける圧倒的優位性があることをあげて、台湾が国際社会に必要とされている国家であることを強調。さらに台湾企業を世界に進出して、台湾を経済において「日の沈まぬ国」にするといった目標を打ち出した。
そうして「民主台湾は世界の光」「民主台湾は世界平和のかじ取り役」「台湾は世界を必要とし、世界は台湾を必要としています」と述べた。
中国は「(台湾は)外国勢力の捨て駒」と猛反発
2016年の蔡英文の演説がリベラルでバランスが取れていたと評するなら、今回の頼清徳の演説はナショナリズムとパトリオティズムが基調にある。読み取り方によっては、私たち民主義陣営国家に対して、台湾の国家承認を迫るようなニュアンスを感じるかもしれない。少なくとも、中国の脅威が眼前に迫る中で、「台湾を見捨てることはできまい」という覚悟を問われた気もする。
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どちらにして頼清徳政権の4年間、台湾は中国の厳しい脅威に直面し続けることは確かだ。問われるのは、日本や米国ら民主主義陣営国家の台湾との関係性に対する覚悟だろう。日本人は、この頼清徳の鮮烈な演説の呼びかけにきちんと答えることできるだろうか。
引用元: ・【福島 香織】台湾・頼清徳の総統就任演説がすごかった!中国を激怒させた「新二国論」 [5/24] [昆虫図鑑★]
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