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2026-1-28
海水から金を取り出す技術を開発したIHIの福島康之氏。
撮影:斎藤健二
金(ゴールド)価格の上昇が止まらない。地政学リスクやインフレ懸念を背景に、20年前と比べて約10倍になった。
だが、海水には約50億トンの金が溶けているという見方もある。これは、人類がこれまでに採掘した量の2万倍だ。
それらを取り出す技術「バイオソープション」を開発する、IHIの福島康之氏に訊いた。
金(ゴールド)価格に「上限」はあるのか?
金価格の上昇が止まらない。20年前と比べて約10倍。地政学リスクの高まりやインフレ懸念を背景に、安全資産としての金に資金が流れ込んでいる。
だが、海水には約50億トンの金が溶けているという見方もある。これは、人類がこれまでに採掘した量の2万倍にあたる。
そんな海水に溶けた金を取り出す技術を開発しているのが、株式会社IHI(旧石川島播磨重工業株式会社)の福島康之主任研究員だ。足掛け10年、この新規事業に携わり、技術そのものは確立済み。あとは、事業化を推し進める段階となっている。
この事業が採算に乗れば、そのコストによって、金価格に影響が及ぶだろう。福島氏も「海から取れるようになれば、金価格が下がる可能性はある」と推測する。
金価格高騰と「上限」の存在
人類が採掘してきた金の総量は約18万トンで、競技用50mプールの約3.8杯分の量に値すると、よく言われている。そして、地中にまだ残っている可採埋蔵量は約5万トンで、同じようにプールに換算すると約1杯分しかない、と――。
だが、「これらの数値には、少し誤解が含まれていると思う」と、福島氏は切り出した。
福島氏が言う「誤解」とは、可採埋蔵量の定義に関わる。可採埋蔵量とは、現在の技術とコストで採掘可能な量のことだ。金鉱山でも濃度が低い鉱石は採算が合わず、放置されている。しかし技術が進歩し、あるいは金価格が上昇すれば、かつてゴミとして扱われていた低品位鉱石からも金が取れるようになる。
「例えばある鉱山では、20年前に言われていた金の埋蔵量と、今言われている残り何年で枯渇するかという年数が、実は変わっていないんです」と福島氏は指摘する。石油と同じ構図である。技術の進展で、取れる金は増え続けている。
その延長線上に、海がある。海水には約50億トンの金が溶けていると、まことしやかに言われているからだ。海水中の金濃度は諸説あるが、その話を鵜呑みにすれば、人類がこれまで採掘した量と、今後採掘可能な量を合わせた総量(約23万トン)の約2万倍だ。この金を経済的に取り出せる技術が確立すれば、そのコストが金価格の上限を決めることになる。
引用元: ・海水から「金(ゴールド)」を抽出、IHI の新技術に迫る。――そして、金価格はどこまで上がるのか? [582792952]
伊豆の金山をまた掘る方が安上がりだべ。
海水から金を取る技術「バイオソープション」
では、海水から金を取り出すにはどうすればいいのか。塩を取るように海水を蒸発させればいいと思うかもしれないが、それでは無理だ。
「海水には塩以外にも、にがりなど様々なものが溶けています。金はその中でごくごくわずか。単純に水を飛ばしても、ほぼ塩しか残りません」と福島氏は説明する。水に溶けた状態のまま、金だけを狙って回収する方法が必要になる。
そんな中、福島氏がたどり着いたのが「バイオソープション」と呼ばれる技術だ。日本語では「生物吸着」。生物を使って水中の金属を吸着・回収する技術分野である。
鍵を握るのは藻だ。海水中の金は、塩素と結びついた「塩化金」などの形で溶けている。この塩化金が藻の成分と出会うと、化学反応が起きる。塩素が外れ、元の金属の金に戻る。藻がいわば「金の解放役」を果たすのだ。この反応によって、水に溶けていた金が固体として回収できるようになる。
なぜ金だけが選択的に取れるのか。「金はイオン化傾向が一番低い金属なんです。つまり、最も還元されやすい」(福島氏)。他の金属も多少は反応するが、金だけが飛び抜けて藻に吸着される。
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この装置で、海水から金を取り出す「藻」を培養する。
撮影:斎藤健二
実はこの藻、福島氏が作り出したものではない。東北地方のある温泉に自生していた野生の藻である。「温泉に生える藻って、そもそも珍しいんですよ」。その温泉は源泉の水温が50度以上、pHはアルカリ性。普通の藻類や植物が育たない過酷な環境だ。2017年、バイオソープションを研究する専門家との共同研究を通じて、この藻を入手した。
福島氏の本来の専門はセラミックであり、生物学は門外漢だった。それでも試行錯誤の末、研究室での培養に成功する。「ネットで調べて、こうじゃないかなと思ってやったら、運良くうまくいった」。専門家が引退した今、同じ形で藻を入手することはもうできない。
ノーベル賞科学者も挑んだ「100年の夢」
海から金を取る——この発想は、福島氏が最初ではない。約100年前、ノーベル賞科学者が本気で挑み、そして諦めた夢でもある。
フリッツ・ハーバー。空気中の窒素からアンモニアを合成する「ハーバー・ボッシュ法」を開発し、1918年にノーベル化学賞を受賞したドイツの化学者だ。彼は第1次世界大戦後、敗戦国ドイツに課された莫大な賠償金を支払うため、海水から金を回収しようと考えた。
「中学生の時に読んだブルーバックス(科学分野のテーマをわかりやすく解説・啓蒙する講談社の新書シリーズ)で知りました」と福島氏は振り返る。ハーバーの挑戦と挫折は、科学史では有名な逸話である。結局ハーバーは、コストに見合わないと判断してプロジェクトを断念した。
ただし、1970年代以降、状況は少しずつ動いている。パン酵母や赤カビなど、金を還元する能力を持つ微生物の存在が次々と報告されるようになった。福島氏が使う藻も、その流れの中で発見されたものだ。世界中で同様の能力を持つ藻が報告されており、IHIだけが取り組んでいるわけではない。
なぜ今も実用化できないのか——濃度の壁
2016年に研究提案が通り、2017年に藻を入手。「2018年段階では完全に技術が定まっていた」と福島氏は言う。着手からわずか2年。技術開発としては異例の速さである。
では、なぜ事業化に至らないのか。壁は、海水中の金の濃度にある。
「1トンの海水に含まれる金は、1000万分の1グラム程度。諸説ありますが」と福島氏は言う。この薄さを実感するために、福島氏はある計算をした。「1グラムの金を回収するのに必要な水量は、中禅寺湖1杯分です」。
研究室レベルでは成果が出ている。5リットルのビーカーで藻を培養すると、乾燥重量で約5グラムの藻が取れる。この藻には最大で重量の10%、つまり0.5グラムの金を吸着させることができる。現在の金価格で計算すれば、1万3000円相当だ。
だが、これは金が高濃度で溶けた水を使った場合の理論値にすぎない。海水の濃度では、吸着できる金の量は桁違いに少なくなる。「10万分の1、もしかしたら100万分の1しか着かない」
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藻に付着した金を精錬した金粒。
撮影:斎藤健二
実際に海で実験したこともある。テレビ番組「ガイアの夜明け」でも放送された試みだ。しかし藻を海中に設置すると、カニやナマコに食べられ、微生物の影響でボロボロになってしまった。深海ならまだ形状を保てるが、回収の手間とコストがかかる。
「中禅寺湖1杯分の水から1グラム取ってよと言われても、1億円もらっても厳しいですよね」。海水からの金回収が採算に乗るには、金価格が「もう100倍ぐらい欲しい」と福島氏は語る。2026年1月現在、金1グラムの価格は2万円台の後半を推移している。
現状、福島氏はパートナー企業を探している。海水ではなく、温泉水や鉱山の廃水など、金濃度が比較的高い水源での実用化が現実的な第一歩だ。「どこでやるかが決まれば、そこに合わせて技術を最適化できる」。場所さえ決まれば、勝負はできる。
「金は錆びないし、電気もとてもよく通すんです。物性としてはすごくいい金属なんですよ」。実際、電子基板には金が使われている。腐食に強く、電気伝導性が高い。産業素材として優れた特性を持っている。
「本当は産業用途で、電子基板だけじゃなくてもっと使いたいところがいっぱいあるんですよ。価格が高いから使われないだけで」。福島氏はそう語る。
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「金という金属は、本当は産業用途で使いたいところがいっぱいある」と福島氏は語る。
撮影:長田真
海水の金が利用可能になれば、状況は一変する。「実質的には、銅や鉄と同じぐらいの埋蔵量がある」と福島氏は言う。金が希少金属でなくなるわけではない。取り出すコストがかかる以上、一定の価値は維持される。だが、価格が下がれば用途は広がる。投資や装飾のためだけでなく、その優れた物性を活かした産業利用が進む。
海から金を取る。ノーベル賞科学者が諦めた夢を、IHIの研究者が藻の力で現実に近づけている。金価格が100倍に上がるのが先か、技術がコストの壁を突破するのが先か。いずれにせよ、金が「取れる資源」に変わる日は、少しずつ近づいている。
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