1972年にカンカンとランランが上野動物園にやって来てから50年超。今年1月25日にはシャオシャオとレイレイの観覧が終了となり、日本でパンダを見ることができなくなる。多くの愛されたパンダは、日中関係を移す鏡でもあった。初来日以降の日中パンダ外交史をひもとく。
上野の象徴がゼロに
東京・上野には、いつもパンダがいた。どれほどの修学旅行生や家族連れが、パンダ目当てにこの街を訪れただろうか。
上野動物園(東京都台東区)の飼育展示課長の鈴木仁さんは言う。
「上野動物園にとって、いえ、上野にとってパンダは象徴と言えるほど、大きな存在です。平日でもパンダを観覧するお客様が並んでいますから。シャオシャオとレイレイが中国に帰ったら、寂しい思いをする方たちがたくさんいるでしょうね」
2025年12月15日、上野動物園の双子のジャイアントパンダ・シャオシャオとレイレイの中国返還が正式に発表された。
中国メディアは、パンダ返還を高市早苗首相の台湾有事発言と結びつけ、「日本がパンダを失うのは、高市首相の責任」と報じた。しかし、元々の返還期限は2月20日。2頭の帰国は、あらかじめ決まっていた。
「今は、2頭を安全に無事に中国に返す──それだけを考えています」
鈴木さんによれば、「ついにこの日が」と返還を冷静に受け止め、別れを惜しむリピーターがいる一方で、「これまでパンダを見たことがなかったから」と足を運ぶ人も少なくないという。
蒋介石の妻が贈呈
はじめて来日した1972年以来、53年にわたり、上野動物園や南紀白浜のアドベンチャーワールドなどでパンダは多くの人に愛された。しかし2頭の返還により、国内のパンダは、ついにゼロになる。新たな貸与も期待されたが、現時点で具体的な計画はない。
『中国パンダ外交史』の著者で東京女子大学教授の家永真幸氏が語る。
「パンダ外交は中国の巧妙な罠のように語られますが、外国がパンダを熱心にほしがったから生まれた外交戦術です。友好を演出したい国にしか贈らない。それが一貫した中国のスタンスです」
第二次大戦中の1941年、蒋介石の妻・宋美齢らが連合国のアメリカにパンダを贈っている。冷戦時には友好国のソ連や北朝鮮に貸し出した。そしてパンダ外交は、半世紀あまりの日中関係を映し出す鏡でもあった。
1972年11月、田中角栄政権下での「日中国交正常化」を機に来日したカンカンとランランが、日本中でパンダブームを巻き起こす。
東日本大震災後には、仙台市が復興のシンボルにパンダを借りる計画を進めた。中国側も仙台市にパンダを贈る意思を示したが、2012年の尖閣諸島問題により日本国内で対中感情が悪化し、貸与は見送られた。
新たな貸与はあるのか
家永氏はこう語る。
「中国が相手の国の対中政策に納得しているなら、次のパンダが来るし、不満があれば新たな貸与はありません。注目すべきは、返還よりも新たなパンダが『来るか来ないか』。その意味でも、パンダは日中関係のバロメーターなのです」
次に上野にパンダが来るのはいつか。先は見通せないが、今も街のあちこちに像やレリーフなどが設置され、グッズを販売するショップが建ち並ぶ。その一つひとつが、パンダが、上野という街とともにあり、人々に愛された証なのだ。
取材・文/山川徹
※週刊ポスト2026年1月30日号
https://news.yahoo.co.jp/articles/b76fef86f1d274f0ac160851313419d566b942ad
引用元: ・【日中パンダ外交史】田中角栄政権“日中国交正常化”での初来日から半世紀あまり、パンダは日中関係のバロメーターだった [1/22] [昆虫図鑑★]
台湾のパンダに会いに行けば良いのでは?
パンダと尖閣諸島を交換してもいいと考えている連中だよ
日本人の劣化が止まらない
日本人は目先の不安要素にとらわれすぎて本質を見失いがち
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