1/21(水) 6:30
若くて美人な歌手が人気を博した時代。しかも、フォークグループとして人気者だった夫と結婚したら、夫は裏方に回り、まさか自分がソロデビューするとは。歌い継がれる名曲『なごり雪』でブレイクしたイルカさんのデビュー秘話、公開です。
■初恋の相手と結婚し、まさかの歌手デビュー
──『なごり雪』をはじめ、長く愛されてきた楽曲で知られるシンガーソングライターのイルカさん。いまも精力的にステージに立ち続けるその歩みを、公私ともに支え続けたのが、2007年に他界した夫・神部和夫さんでした。出会いは18歳のころ。イルカさんにとって、人生で初めておつき合いした初恋の相手だったそうですね。
イルカさん:そうなんです。所属していた女子美術大学のフォーング同好会に、早稲田大学フォーング倶楽部の部長だった彼がコーチとしてやってきたのが出会いでした。初めて目が合った瞬間、なぜか懐かしいような不思議な感覚があったんです。
彼はフォークグループ「シュリークス」のリーダーとしてすでにレコードデビューしていて、私たちからすればキラキラした存在。物腰はおっとりしていて、話し方も優しく、当時流行していたロン毛でジュリー(沢田研二さん)のような雰囲気があり、女子学生にも人気がありましたね。
── この出会いが、イルカさんの人生を大きく動かしていきます。卒業後、シュリークスに加入し、翌年に結婚。1974年にソロとして歩みだすにあたり、神部さんはみずから表舞台を離れ、プロデュースとマネジメントに専念することに。当時、イルカさんはソロになることに強い抵抗があったとか。
イルカさん:嫌でしたね。泣いて抵抗しましたよ。もともと人前に出るのが得意じゃないし、ひとりでステージに立つなんて考えられなかった。彼がいなかったら、「イルカ」は存在していません。そもそもは、結婚を機に家庭に入って夫を支えようと思っていたところでしたから。
いっぽうで、もし彼に出会わず人生を歩んでいたら、今ごろはジャングルで野生生物の研究をしていたか、山奥で陶芸に打ち込んだり、絵を描くような、ひとりでなにかに打ち込むような生き方をしていたでしょうね。
■夫が表舞台から裏方に回った訳
── 本来であれば、華やかな芸能界とはまったく違う道に進むはずだったと。それでもソロデビューを決断されたのは、どんなきっかけがあったのでしょう。
イルカさん:夫の熱意に背中を押されたからです。彼には「いつか自分の手でアーティストをプロデュースしたい」という夢があり、私に出会ったとき、「こいつはおもしろい!」と思ったらしいんです。ただ、いきなりソロはムリだから、まずはシュリークスで経験を積ませ、その後、ソロデビューさせるという青写真を描いていたみたいで。
── なかなかの戦略家でいらしたのですね(笑)。
イルカさん:10年先まで見越して動く人でしたから。最初に「解散してソロになる」と言われたときは、てっきり夫のことだと思っていたんです。彼は美しい声の持ち主でステージでの評判もよかった。ところが「いや、違うんだ。僕が裏方に回って、プロデュースやマネジメントをやる」と言うので驚いちゃって。
当時は中三トリオ(山口百恵さんら)が絶大な人気を誇っていた時代。私はすでに20歳を超えていましたからデビューするには少し遅い。周りからは「美人でもない地味顔の女子がソロで歌っても、売れるはずないだろう」なんて言われていました。
── それでも神部さんはイルカさんを世に出すことに熱心だった。どんな思いがあったのでしょう。
イルカさん:きっかけは吉田拓郎さんとの出会いでした。拓郎さんを見て、「これからは、単に歌がキレイに歌える人が売れる時代ではない。あんなふうに自分の主張や個性を持ち、それを出せる人間じゃなきゃダメなんだ」と痛感し、自分は表舞台ではなく、昔からの夢だったプロデューサーとして生きていこうと決めたそうです。
そして私に「これからの時代に合うのはイルカだ。君の才能を信じている」と。彼は最初に才能を認めてくれた人でした。その熱意に応えたくて「私を全部あげますから、好きにやってみたら?」と、伝えたんです。
CHANTO WEB
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引用元: ・【イルカ】《地味顔の女子が売れるはずない》 初恋相手の夫に「私を全部あげる」と告げ、周囲の批判乗り越えたデビュー秘話 [湛然★]
adoとかも
それでヒットしたのがかぐや姫カバーとは皮肉だな
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