2026/01/17/ 16:00
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は「Black Box Diaries」について。
私は朝日新聞出版「AERA」の人物ルポ「現代の肖像」の執筆者として、伊藤さんを長期にわたって密着取材したことがある(2018年7月~2019年1月)。そのことをきっかけに、伊藤さんの民事裁判を支援する会を立ち上げた(2019年4月)。もちろん山口敬之氏を訴えた民事裁判の傍聴もした。
私の人生のある一時期は、「詩織さん」の闘いを支えたいという思いに突き動かされていた。もちろん、誰に頼まれたわけではない。むしろ押しかけるようにして私は伊藤さんに自ら近付いたのだ。伊藤さんの勇敢さに胸を打たれ、支えたいと本気で考えたから。
そんなふうに「なんとか『詩織さん』を支援したい」と行動した人は、無数にいた。そもそも私が声をかけるまでもなく、様々な女性団体が伊藤さんの支援に名乗り出ていた。それらをほぼ断っていた詩織さんに理由を聞くと、「多くの性被害者が苦境にあるのに、自分だけが支援を受けてもいいのか」という葛藤があると話してくれた。
それでも、裁判となれば伊藤さんと弁護団を資金と世論で支えるプラットフォームが必要になるはず!……という説得に伊藤さんが応じたことから、「Open the Black Box」という支援の会を立ち上げることができた。それは「伊藤さんのため」というよりは、「伊藤さんを具体的に応援できる窓口」を「私たち」が必要とした結果だった。被害を訴えてから4年を経て、伊藤さんはようやく支援者を広く受け入れてくれたのだ。
伊藤さんの裁判支援の会の立ち上げ集会は2019年4月10日水曜日に行った。その日付を私がソラで言えるのは、その翌日に初めてのフラワーデモを呼びかけたからだ。日本の#MeTooのうねりが激しく蠢き始めるのを、まるで手に触れるように実感できた2日間だったのだ。
その後、伊藤さんは日本の#MeTooの象徴であり続けている。
(中略)
映画「Black Box Diaries」を巡っては、伊藤さんと弁護団が対立している。伊藤さんは記者会見で弁護団の主張を強い言葉で否定した。英語で「(弁護団には)4回も謝ったんです」とも言っていた。が、そのような事実はないと、弁護団は公言している。結果的に映画を巡る問題がブラックボックス化してしまっていることで、世論は分断し、支援者も分断してしまった。本当に残念で仕方がない。
最後に映画について。私は「修正対象」にもなっていないあるシーンが、ずっと引っかかっている。
「Black Box Diaries」には、国会の前で辺野古基地反対運動をしている高齢女性数人の前を伊藤さんがたまたま通るシーンがある。伊藤さんがその場を立ち去った後も、カメラは女性たちの元に残る。そこで最後まで伊藤さんが「詩織さん」であると気が付かなかった女性が、驚いたように「詩織さんって、あの強姦された人?」と興奮するのだ。その言葉を辣腕な映像編集者は逃さなかった。映画では、伊藤さんが社会に「強姦された人」という刻印を押された残酷な声として、そのシーンが採用されている。ちなみにこのシーンはBBCのドキュメンタリー「Japan’s Secret Shame」でも採用されていた。BBCでは「強姦された人」の言葉の後に、女性たちが日本の#MeTooの遅れに憤り、伊藤さんの裁判を傍聴すると力強く語っているシーンまで映っているが、そういう女性たちの声は伊藤さんの映画ではカットされている。
観ていて苦しかった。私は彼女たちを個人的に知っているからだ。彼女たちは長年「慰安婦」被害者に寄り添う運動をしてきた女性たちだ。そして「慰安婦」運動に関わった人が使う「強姦された人」という言葉には意味がある。「慰安婦」の女性たちは「性を売る人」ではなく「強姦された人」なのだと運動の中では言いかえてきた。そういう運動をしてきた女性が興奮して口にした「強姦された人」という言葉を、日本社会の鈍さとして切り取る(ように私には見えた)のは、残酷だと私は思う。映像編集の鋭利な意図が鮮明なだけ、残酷nである。
そんな残酷さが「Black Box Diaries」にはそこかしこにある。そしてそれは伊藤さんから見える真実なのであることは間違いなく、伊藤さんにはそう見えていたんだよね……と思うしかない。それでも、映像の暴力性、映像の権力性、編集の無慈悲さというものを突きつけられ、それが「詩織さん」の長い闘いの最後にあることに、私は戸惑う。「詩織さん」が切り拓いたものの大きさ、一方で突きつけた限界、対立、混乱、入れ子のように複雑にブラックボックス化していく現実に、いくら考えても言葉がボロボロと落ちていくのだ。
引用元: ・【作家】伊藤詩織さん「Black Box Diaries」 複雑化する「現実」にボロボロと言葉が落ちていく 北原みのり [少考さん★]
この人がどういう人だったのか推して知るべしよね
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