読売新聞
愛らしいつぶらな瞳が揺れていた。「キーッ」と叫んだ口の中から鋭い牙がのぞく。網をかぶせて太ももに麻酔を打った後、空の注射器を心臓に刺して血を抜いた。無駄のない動きを心がけるのは、せめて苦痛を感じないようにとの思いからだった。
鹿児島県の奄美大島。亜熱帯の深い森と黒潮が豊かな生態系を育むこの島で、獣医師の阿部愼太郎さん(61)は36年にわたって外来種のマングースの根絶を主導してきた。
動物の命を救おうと獣医師になったのに、何をやっているのか……。ずっと葛藤を抱えてきた。駆除活動を始めた頃は、泣きながら手にかけたこともある。そんなときはいつも自分に言い聞かせた。「この1匹を駆除すれば、多くの在来種が救われるんだ」
東京の獣医大で学んだ阿部さんが初めて島を訪れたのは、大学最後の夏休みだった。広葉樹がうっそうと茂る森で夜中に車を走らせると、ライトに驚いたようにこちらをうかがうアマミノクロウサギと出くわした。大自然に魅了され、卒業後の1988年、島内にあった霊長類の研究施設で働くようになった。
「最近、マングースが増えて畑を荒らして困っている」。働き始めてしばらくたった頃、地元住民からそんな話を聞いた。
マングースは10年、毒蛇のハブの駆除を目的に南アジアのガンジス川河口付近で捕獲されたものが沖縄に放たれた。同様にハブが生息する奄美大島には79年頃、沖縄から運ばれてきたとされる。だが、昼行性のマングースが夜行性のハブを狙うことはなく、代わりに在来種や作物を食べ、数を増やしていった。
阿部さんは知り合いの獣医師や新聞記者らと調査を始めた。希少な鳥類であるルリカケスが食べられたとの目撃証言を聞いた。フンを調べると、アマミノクロウサギの毛が見つかった。
メディアを通じて島の危機を訴え続けた。2000年4月に環境庁(当時)の奄美野生生物保護センターが開設されることになり、阿部さんに声がかかった。駆除を主導する「自然保護官」のポストだった。
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本格的な駆除が始まった。麻酔を扱えない職員でも捕獲した個体を殺処分できるよう、ガスで窒息死させる設備が導入された。
外来種から生態系を守る外来生物法が05年に施行されて予算が拡大されると、全国からメンバーを募って「奄美マングースバスターズ」を結成した。最大約40人体制で毎日、険しい山や崖にまで立ち入り、捕獲用のわなを設置して回った。
駆除したマングースなどを供養するため、阿部さんがセンター敷地内に「鳥獣魂碑」と彫った石碑を建てたのはそんな頃だ。やがて誰かが貝殻を拾ってきて飾りつけた。線香を上げてくれる職員も現れた。
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https://www.yomiuri.co.jp/national/20260107-GYT1T00438/
引用元: ・【奄美大島】マングース根絶に36年、3・2万匹超の命「忘れない」…葛藤も「この1匹を駆除すれば多くの在来種が救われる」 [ぐれ★]
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