https://news.yahoo.co.jp/articles/c7c5517ebefb970e4a731c81e8d78ba85033e5fe
日本に暮らす移民や移民ルーツをもつ人たちはどのようなことで困っているのでしょうか。移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)の共同代表理事の大川昭博さんに聞きました。【聞き手・須藤孝】
――そもそも病気やけがに在留資格の有無は関係ありません。
◆わかりやすい例として新型コロナウイルス禍の際のワクチン接種があります。
ワクチンの接種券は住民票をもとに送られてきます。では住民票のない人はどうするかということです。在留資格がなくて仮放免されている人には住民票がありません。
当時、移住連で厚生労働省と話し合いをしました。厚労省もコロナの感染が拡大してよいとは思わないので、仮放免許可証の住所に送ってくださいという通知を自治体に出しました。けれども自治体のなかにはそれでも住民票のない人へのワクチン接種を拒否するところがありました。
コロナの場合はコロナだから可能になったところがあります。冷静に考えれば、病気になるのに在留資格が関係ないのは当たり前なのですが、現実には医療を受ける際には在留資格が壁になるのです。いつからビザは人の命より重くなったのだろうと思います。私たちは以前から「命の差別」ということを言ってきましたが、それが現実です。
引用元: ・毎日新聞「在留資格の有無は医療を受ける権利と関係ない。日本人ファーストは人○し」 [917589786]
――行政の壁が立ちはだかっているのですね。
◆医療の問題だけではなく、子どもたちの教育の問題もあります、生活をどうするんですか、と問いかけても、法務省は帰ってもらうという一点張りでそこから一歩も引こうとしません。
在留資格のない人を社会保障制度の対象にしないのは日本だけではありません。しかし緊急医療制度は多くの国にあります。安定した社会保障制度があるとしても、そこから外れた人たちをどうするかという課題は常にあります。どの国でも知恵を絞って制度のなかに入れていくようにしています。
そうしなければ命を失いかねない人を放置することになるからです。「外国人が入ってくると社会が壊れる」という言い方をする人がいますが、社会のなかで命の危険にさらされている人を放置すると、それこそ社会が壊れます。
在留資格のない人の問題に限らず、生活困窮者や格差の問題に社会が取り組むのは、放置しておくと世の中にさまざまなひずみがうまれるからです。だからこそ、私たちはなんど壁にはねかえされても、困っている人がいるということを発信しています。社会にはさまざまな問題があります。放置せず解決する道筋をつけてきたからこそ、今の社会があって、私たちは暮らしていくことができています。
――日本人ファーストとはどういう意味だと思いますか。
◆まず、今の社会は日本人ファーストでつくられています。97%は日本国籍を持っています。そんななかで日本人ファーストと言えば、たとえば外国人の人権が脅かされることになります。
健常者ファーストと言ったらどうなりますか。電車に障害者が乗ると邪魔だから、電車の利用は健常者ファーストにしようということでしょうか。男性ファーストはどうでしょうか。差別がどこまでもエスカレートしていきます。
なぜ日本人ファーストという内容のないスローガンが出てくるかと言えば、国籍のない人のことはひとごとだと思っているからです。メディアで政治家や著名人が差別的なことを言うのを見て、なんとなくそうかと思っているだけです。
一方で、参政党に投票した人も必ずしも排外主義的な考え方から投票したとは限らないと思います。日本人ファーストということばは内容がないために本質が問われないという特徴があります。今の日本社会の課題とはまったく関係のない国籍のない人たちのことを持ち出して、社会の問題の本質が見えないようにしているのではないかと思います。
――排外主義的な言動への反対もあります。
◆日本人ファーストのような言い方をおかしいと思っている人も多いのではないかと思います。一度は日本人ファーストのようなスローガンに共感するようなことがあったとしても、日常生活のなかで一緒に仕事をしたり、保育園で外国人の家族と会ったりすれば、変わります。日本社会のすべてが排外主義に染まっているわけではありません。
――長く活動をされていますが、変化はありますか。
◆ここ20年、30年で見ると、日本に移住してきた人は数としては増えています。職場や学校や地域でそうした人たちと会うことも増えていると思います。けれどもやはり、その人たちとどうやって生活して一緒に生きていくかという点では変わりきれていないと感じます。
まさに日本人を中心に考えています。多文化共生、国際交流というとすぐにゴミの出し方の話になってしまいます。「ルールを守らない」という言葉に象徴されているのですが、どうしても「日本人とどう同じになってもらうか」というところから発想する意識はまだ強くあります。
権利には義務が付帯するのです
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