――昨年の12月31日にTBSを退社して9か月がたちます。改めて退社理由を聞かせてください。
「もともと50歳を迎えるまで新たなスタートを切りたいと思っていたのですが、ここ数年は、この先について悩んでいました」
――専門職と管理職の分岐点を迎えたということでしょうか。
「そうですね。私はコロナ禍が大きな転機になりました。家にいる時間も多くなり、『私は40代をどうやって過ごしてきたんだろう?』って振り返るようになりました。『ラジオでこんな仕事をしていたな』とか、私生活でも長女と次女の学校の思い出や長男が3歳になって、私自身が動き始めたことなど、40代の間に仕事も家庭もいろいろな思い出がちゃんとあったと確かめられました。でも私自身を振り返った時、毎日仕事と子育てに追われて自分をかえりみる余裕もなく、ぼんやりとしたまま今日まできてしまった感じがしました。気が付けば50歳を目の前にして『このままではマズいぞ』と焦りを感じました」
――具体的にどんな焦りがありましたか。
「私にとってアナウンサーは、とても大切で大好きな職業です。でも会社員でいる以上、辞令が出たらアナウンサー以外の業務も受け入れなければいけないですし、実際にそういう場面がきた時の自分の未来を想像できなかったんです。このままのスピードで流されてしまうとあっという間に還暦を迎えるという怖さもあって、会社員として前向きな気持ちを保つことができるのか自信が持てなくなりました。でも家族がいますし、すぐに決断もできず、悩んでいるうちに苦しくなるくらい精神的にアップアップになってしまったんです」
――決め手となったのは。
「『アナウンサーの仕事をやりたいんでしょ。うちは大丈夫だから』という夫のひと言でした。私が『でも収入も含めてちょっと不安もあるし……』と言うと『だからこれから2人で大丈夫にしていけばいいじゃない』って。確かにこの先、会社員でいてもいつまで働けるのか分かりませんし、一番下の息子が小学校2年になり、手も掛からなくなった今から夫と2人で細々とでも仕事を続けていけば、70歳ぐらいまでは何とか働いていけると思いました。夫の言葉で言質を取ったじゃないですが、『じゃあ一緒によろしくお願いします』と言って夫の会社に所属する形で二人三脚でやっていこうと決断しました」
――ご家庭でも前向きで明るいキャラクターを想像させる、ご主人の水内猛さん(元Jリーガー)らしい言葉ですね。
「夫は『俺が弘子を稼がせるから』って言ってくれて、どうやって稼がせてくれるのか分かりませんけど(笑)。でも、すごく前向きな人なので『あれもやろう』『これもやろう』といろいろと声を掛けてくれて、私も夫を信じて今から頑張れば大丈夫かなって思うようになりました」
――お子さんたちの反応はいかがでしたか。
「高校3年生の長女に『会社を辞めます』と伝えたら、こっそり私の耳元で『大丈夫なの?』って聞かれました。今は受験生ですし、気を使わせてしまったみたいで、『大丈夫だよ』って伝えました」
――TBSの顔として活動してきた小倉さんが辞めると伝えた時の会社側の反応は。
「もうここしばらくはモヤモヤした落ち着かない気持ちのまま悩んでいたので、きっと周りにも『やっぱりね』って言われると思っていたのですが、上司にも周りにもびっくりされて、その反応に逆に私が驚きました」
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https://news.yahoo.co.jp/articles/ec5a12ebac67d82b033e40c8871d466f0b8b2757?page=1
https://news.yahoo.co.jp/articles/ec5a12ebac67d82b033e40c8871d466f0b8b2757?page=2
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引用元: ・【芸能】小倉弘子アナ、昨年TBS退社の真相「このままではマズい」 元Jリーガーの夫と再出発「70歳までは働ける」 [ニーニーφ★]
槙野みたいなキャラだったな
進藤晶子と勘違いしてない!?
いたなー
人生に意味なんかねえよ。偶然生まれて死んで消えるだけだよ
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