戦争体験を語り継ぐ活動を始めたのは2015年。きっかけは、在宅ヘルパーの仕事で知り合った同市の女性(当時88歳)の自宅を訪ね、女性が書き記した1冊のノートを目にしたことだった。
「電車通りの路はアスファルトが燃え火の海」「投下された照明弾の光と真紅に燃えさかる街の火の色がまるで地獄の絵を見るようだった」
「私と戦争」と題したそのノートには、1945年6月17日に同市の中心市街地が米軍機に爆撃された「鹿児島大空襲」の様子が克明に描写されていた。空襲で大けがを負って死線をさまよった
体験も記述され、女性は「戦争の悲惨を体験した私。二度と戦争はしてはならないと叫びたい」と反戦を強く訴えていた。
臨場感あふれる内容に心を打たれた山下さんは「多くの人に知ってほしい」と思い立ち、「語り継ぐ集い」を発足。女性の承諾を得てノートの朗読会を開いた。
シベリア抑留や朝鮮、中国東北部(旧満州)からの引き揚げ者、県内で空襲を経験した人、玉音放送を聞いた人――。語り継ぐ集いでは、朗読会をきっかけに戦争体験者を招くなどして、
参加者が意見交換している。女性はすでに亡くなっているが、現在もほぼ月1回のペースで活動を続け、20~90歳代と幅広い年代が参加しているという。
意見交換では「始めた戦争は勝たなければならない」などと語る参加者もいて、歴史観は様々だ。山下さんは「それが正常だ」と思う。「戦前は国民が同じ方向を向いて戦争に向かっていった。
自分と違う意見の人も尊重することが大事だ」と信じる。
戦争経験者も高齢化し、鬼籍に入る人も多い。「できる限り経験者の話を聞き続け、戦争に進んでいった歴史を学び、戦争を起こさせないために何ができるか、考える場にしていきたい」。
平和を願い、決意を新たにした。(小園雅寛)
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d597420d3c9328409406284a8c0ac44bfdf34c9
引用元: ・戦争を語り継ぐ会で「戦争は勝たなけれべならない」に世話人「色々な考えがあるのは良い事」 [194767121]
核武装しなければ日本はウクライナになる
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