【日経ビジネス】「日本人ファースト」が破壊する日本人が住みやすい環境

　陰謀論は、社会全体の経済状況が悪化し、ごく普通に生きていくことが困難になるのではないか、という「唯ぼんやりとした不安」が高まることで広がり、力を得る。

　「自分は真面目に生きているのに、なんでそれが報われないのか。どうしてこんなに生きていくのがつらいのか」という切実な気持ちに、陰謀論は「あいつらが悪いからだ」という分かりやすい答えを与える。

　陰謀論を信じ込んでしまった人は、「自分は隠されていた世界の真実を知ったのだ」と思い込む。思い込むことで、それまでの不安は「人に気がついていないことに、いち早く気がついた偉い自分」という優越感に転化する。

　さらに陰謀論に深くはまり込むと「自分の知る“事実”を世界に知らしめねばならない」と倒錯した正義感にとらわれて、ネットでかしましく陰謀論を流すようになる。すると、「将来に対する唯ぼんやりとした不安」を感じる人が「そうだったのか」と引っかかり、陰謀論の再生産が始まる。信じる人が一定数増えると、陰謀論は政治的な力を得ることになる。

●「あいつらが悪い」は「区別しやすさ」の言い換えに過ぎない

　特に国籍や人種が絡んだ「あいつらが悪い」は、広がりやすい。「自分は“あいつら”ではない」という安心感を比較的得やすいからだ。

　なぜなら「外国人は区別しやすい」と考えているからである。言葉が違う、肌の色や目の色、髪の毛の色が自分たちと違う。日常の食事やら服装やらの文化が違う。違いは一目瞭然なのだから、区別は簡単だ、というわけである。

　「あいつらが悪い」に引っかかった人は、「区別と差別は違う」とか言い始めて、自分たちを正当化しようとする。

　ところが、「あいつらは▽▽を食っているから体臭がきつい」というような言説が加わると、「区別」は簡単に「差別」へと悪い方向にグレードアップする。視覚や聴覚の情報は人間の脳でも比較的新しく進化した新皮質が処理する。対して嗅覚や味覚の情報は、古い「動物の脳」である旧皮質が処理する。それだけ本能的、直感的であり、それ故理性の検閲を受けにくく、差別と結びつきやすい。

　実際には、人種の区別というのは思うほど簡単なものではない。

　私の友人には、間違いなく日本人で日本国籍を持っているにもかかわらず、何度も中東系と間違えられたという人物がいる。なにしろ米国の入国審査で何度も引っかかったというのだから筋金入りだ。

　それ以前に、日本人と中国人と朝鮮人とアイヌ民族と東南アジア系を一目で区別できるという人は、まずいないだろう。「できる」と思っている人は、そう思い込んでいるに過ぎない。そもそも、日本列島はアジア大陸東端の人種的吹きだまりで、日本人は日本列島に集まってきた人々の混血で成立した民族だからだ。

　1923年の関東大震災で起きた朝鮮人虐殺では、中国人はもちろんのこと、東北や沖縄の人も「訳の分からない言葉をしゃべっている」という理由で殺された。

　なにが言いたいかというと、「外国人が悪い」と言う人は、自分が「外国人」に区分されることがあり得るとは夢にも思っていない、ということだ。

●「そんなことを言うおまえは、日本人じゃない」とあなたが言われる日

　実際には、「外国人が悪い」は、例えば「あいつは日本人ではない」というひっくり返った形で、どんどん適用範囲を広げていく。「あいつは言葉のアクセントがおかしいから日本人ではない」→「そんな物言いをするなら日本人ではない」→「そんな思想を持つなら日本人ではない」というように。

　「日本人ではない」認定のハードルがどんどん下がり、他人を無条件に攻撃できる（される）世界がやってくるのだ。

　すると別種の暴力と恐怖が社会をのし歩くようになる。皆「日本人であること」を競争するようになり、自分が排斥される側に入らないように、息を潜めるようになる。そうなれば民主主義社会は崩壊する。

　ドイツを例に見るなら、第1次世界大戦で巨額の賠償を負ったことによる経済的苦境の中から、「ユダヤ人が悪い」という陰謀論が生まれ（ユダヤ人に対する差別はそれ以前から根深くあった）、そのひっくり返しとて「ドイツ民族の優越」という物言いが力を得るようになる。結果、ナチスが台頭し、政権を握った。

　が、それらは陰謀論が見せた幻だった。幻を追った結果が、1945年のドイツ降伏、ヒトラー自殺、そして600万人以上の死者だ。この死者数にはナチス・ドイツが殺害したユダヤ人の死者数600万人は含まれていない。

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7/10(木) 18:00　日経ビジネス
https://news.yahoo.co.jp/articles/869b6f2c9565f8beb96a703ac9d590f26e07a933