テレビから姿を消していた元フジテレビアナウンサー・渡邊渚さん。前編では、休業中の様子やSNSでの誹謗中傷への向き合い方、そして「私だから死んでないだけ」と語る彼女の強さと繊細さが見えてきた。後編では、PTSDの発症から回復までの過程、生活の中で起きた変化、家族や社会との関係、そしてこれからの生き方について、プロインタビュアー吉田豪氏の前で、静かに、率直に語ってもらった。
――女子アナ時代から「私は玉の輿という言葉が嫌いです」みたいなことも言ってました。
渡邊 それは嫌いです。子供の頃からそうなんですけど、女とか性別で区切られるのが好きじゃなかったんですよ。両親の育て方的にも、私は妹がいるんですけど、ふたりとも女ひとりでも生きていけるように、そういう時代だからっていう感じだったし、行った学校も「男性に頼る人生を送るの?」みたいなスタンスの学校だったんです。だから自立した人間になるっていう気持ちは大きくて、子供の頃から玉の輿って言葉は気持ち悪いなと思ってましたね。
――ところが、女子アナのゴールはだいたいそういうもの、みたいな感じで思われてましたからね。
渡邊 そういう人たちがいたからこそ、まかり通ってきちゃったんだろうなと思うんですよ。自分の仕事上あまり関係のなさそうな人との食事に連れて行かれることも多々ありましたし。
――「私は早く帰って家でボトルシップ作りたいのに」って(笑)。
渡邊 そうですね。でも、世間から見たら女子アナという枠でひと括りにされるわけじゃないですか、キャピキャピしてて玉の輿しか考えてない、野球選手大好きみたいな、勝手にそういうレッテルを貼られちゃう、でもぜんぜん違うんだけどなーと思ってました。
――当然いろんな人がいますからね。
渡邊 括らないでと思ってましたね。
――そういうものが好きじゃない人だったわけですよね、飲み会的なものもそうだし。
渡邊 そうですね。休んでようやく外界とちゃんと接して、ふつうの一般企業にはデスクの下に「ハラスメントがあったらここに連絡してください」という紙が貼ってある、と。それが女性社員にとっては守りの電話にもなるし、男性社員にとっては戒めの電話になる。何かあったらここにすぐ連絡できるんだっていうのを提示されてるって、銀行とか不動産会社に勤めてる友達の話を聞いて、「そうなんだ!それが社会の一般か!」と思いましたもん。遅れてたなって。でも、中にいたら自分たちが遅れてるっていうことに気づかないんだなって。いまいろんなところでお仕事して、仕事相手は芸能だけじゃないので、いろんな世界を見て「はぁ……」って。
(中略)
「PTSDにはグラビアできない」という世間の偏見
――グラビアの仕事もやった結果、けっこう叩かれたりもしてるじゃないですか。それもそんなにしんどくないですか?
渡邊 グラビアに関して言えば、世の中のグラビアという言葉に対する認識がそもそも間違ってるので。グラビアって印刷方法じゃないですか。世の中では「グラビア=エロ」みたいに思われてますけど、「グラビア=性的に売る」ではないんですよ。写真として残してるだけなんです。「PTSDにはグラビアはできない」とか言われても、いやいやできますよっていう。それは冷静にその意見のほうが間違ってるので。
――しんどい思いをした人が笑顔でグラビアをするのはおかしいって批判に関しては、意味がわからないですからね。
渡邊 ホントそうなんですよね。じゃあ他の病気になった人もできないんですか?って。できるじゃないですか。なんで笑って過ごしちゃいけないの?笑顔で過ごすのを世間から止められるのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思っています。
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引用元: ・渡邊渚「私は玉の輿という言葉が嫌い」「勝手に野球選手大好きみたいなレッテルを貼られちゃう」グラビアでも受けた世間の偏見語る [muffin★]
一生それ擦るのか
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