7日、北海道地域の先住民であるアイヌの葛野次雄さん(69)は、アイヌの言葉であいさつした。
アイヌ民族の伝統文化継承者である同氏がこの日、ハンギョレの電話インタビューで用いたアイヌ語は、ユネスコ
(UNESCO:国連教育科学文化機関)が2009年に消滅危機言語に指定した全世界の2500あまりにのぼる言語の一つだ。
古代からアイヌ民族が神としてまつってきた「カムイ」への祈りなどを再現する伝統継承者である同氏も、アイヌ語はいくつかの単語を
つなぎ合わせる程度。アイヌ語は、アイヌ民族の精神的指導者である「エカシ(長老)」だった同氏の父親の葛野辰次郎さんの代で、
「言語」としては事実上途絶えた。同氏はそう説明した。
アイヌ民族が言葉を失った背景には、日本帝国主義の歴史がある。アイヌの人々は、今の日本の東北地域や北海道をはじめ、
サハリン、千島列島などに住んでいた先住民だ。アイヌ民族は自分たちの住む場所を「人間の土地(アイヌモシリ)」と呼び、
固有の言語、暮らし、宗教、文化を保ちながら暮らしていた。しかし13世紀ごろ、今の北海道南部の端の渡島半島に移住してきた日本人が
アイヌ民族と本格的に交易を開始するのに伴い、不安が芽生えはじめた。彼らはコシャマインの戦い(1457年)、
シャクシャインの戦い(1669年)のような大小の戦争を繰り広げた。
江戸幕府は18世紀、今の北海道に「北方政策」を展開し、武力でアイヌ民族の地を掌握した。明治維新の翌年の1869年、明治政府は
「北海道」へと地名を変更した。日本政府は「明治時代の近代化の過程を通じてアイヌ民族の言語も消えていった」と説明するが、
実際にはアイヌ民族には苛酷な迫害が加えられた。アイヌの生きる術だった狩りと釣りは規制され、アイヌの宗教および伝統文化活動も
禁止された。千年ものあいだ根を張ってきた自らの土地の所有権すらも奪われた。日本はアイヌの人々を「旧土人」と呼んだ。
差別が日常化した。1899年には「北海道旧土人保護法」が施行され、日本式の教育と文化が強要された。いわゆる同化政策だ。
アイヌ民族を「土人」扱いするこの差別的な法律は、1997年になってようやく「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の
普及及び啓発に関する法律」に置き換えられ、廃止された。
葛野さんは「私がとても幼いころには、父親をはじめとする町内の年寄りがアイヌ語で話すのが見られた」として、
「100年あまり前に同化政策がはじまった。今から60~70年ほど前からアイヌ語が消えはじめ、今に至った」と話した。
日本帝国主義史の研究者、マーク・ピーティーは「(日本のアイヌ同化政策は)植民地建設の実際の経験を事前に提供したもの」と
評した。アイヌを通じて同化政策などの植民地占領政策についての「学習効果」を得て、それを植民地朝鮮、台湾などで実際に使った
ということだ。
ー後略ー
東京/ホン・ソクジェ特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
全文はソースから
登録:2024-10-14 01:40 修正:2024-10-14 07:32
https://japan.hani.co.kr/arti/international/51341.html
引用元: ・【ハンギョレ】 「日本の『同化政策』で失われたアイヌの言葉、もはや回復しない」 [10/14] [仮面ウニダー★]
日本人は醜男醜女多すぎて日本人として恥ずかしい
>アイヌを通じて同化政策などの植民地占領政策についての「学習効果」を得て、それを植民地朝鮮、台湾などで実際に使った
>ということだ。
<丶`∀´> ここはどうニカ?
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