彼はいま、晴らしどころのない怒りを抱えているに違いない。8月29日、村田は自身のXに《記事の内容は、私が知っているものとは違ったようだ》と投稿。それが意味深だと話題になった。
「タイミング的に、あのインタビューへの違和感だったと思わずにいられませんね。短い一文からは、怒りのようなものすら感じます」(芸能関係者)
あのインタビューとは、8月27日発売の『週刊女性』に掲載された、前山剛久(33才)の芸能活動再開に向けた「復活インタビュー」のことだ。
沙也加さんの交際相手だった前山は彼女が亡くなる直前まで一緒にいた、彼女の死を深く知る人物だとされてきた。記事では沙也加さんのことにも触れている。今回、告白するに至った経緯を、前山はこう話した。
《これから地道に芸能活動を再開させたいと考えていますが、その前に、一度、自分の言葉であのときのことを説明する義務があると思いました》
沙也加さんと前山は2021年にミュージカル『王家の紋章』で共演したことを機に、同年秋に交際を始めた。
「沙也加さんとしては年齢的にも結婚を視野に入れた本気の交際でした。将来を見据えて同棲を提案し、ふたりで住むマンションの契約も済ませていたようです」(別の芸能関係者)
だが12月中旬にふたりの関係が悪化し、同18日、前山と共演するミュージカル『マイ・フェア・レディ』の公演のため宿泊していた北海道札幌市内のホテルで沙也加さんは転落死した。
死後、『週刊文春』(2022年1月13日号)が、当時、前山には“二股疑惑”があったことに加え、前山が沙也加さんに罵声を浴びせる録音データの存在を報じた。
「『文春』によると、前山さんは沙也加さんに“死ね”と4度繰り返し、すすり泣きながら“死ねって言わないで”などと返した沙也加さんに、“もう死ねば。みんな喜ぶんじゃない?”と追い打ちをかけたというのです。当時、沙也加さんは精神的に不安定で薬が手放せない状況でした。そんな沙也加さんには、つらく長い時間だったのではないでしょうか。
今回のインタビューで前山さんは、彼女が亡くなる直前にはすでに破局していたとして二股を否定していますが、沙也加さんの遺族や関係者にとっては、いまさら触れてほしいことではなかったのかもしれません」(前出・芸能関係者)
元夫の村田が違和感を覚えたというのだから、遺族にとっても感情を逆なでされる内容だったのではないか。たったひとりの娘を失った松田聖子(62才)にとって、このインタビューは平穏を取り戻しかけていた心を再び悲しみのどん底に突き落とすものだった。
「2人は一卵性母娘と呼ばれるほど仲がよかった時期もありますが、互いの異性との交友関係をめぐり激しく対立したこともありました。最後の衝突とされているのが2017年です。沙也加さんは聖子さんの事務所から独立し、聖子さんには報告せずに村田さんと結婚。それ以降、関係修復はなかったといわれています」(前出・芸能関係者)
そんななかでの突然の別れ。聖子の反応は意外なものだった。
「娘からの相談を受けられなかった自分が悪いと、悔やんだそうです。そして男女の関係の機微を知る聖子さんは、“死ね”と罵倒した前山さんを責めることはなかった。沙也加さんの死後、憔悴した前山さんが芸能活動を休止し、母親のサポートを受けて暮らしていたという話も耳に入ったようで、彼の体調を心配することもあったほどです」(聖子の知人)
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https://news.yahoo.co.jp/articles/75d8a371c076321ae5d5874f751e514ffb7af946?page=1
引用元: ・【芸能】神田沙也加さんの元恋人・前山剛久の芸能活動再開宣言… “とやかく言う人ではない”松田聖子も我慢の限界か [冬月記者★]
松田聖子ってそういう人だったのか
でも我慢の限界だよね?テレビ業界は過去の恩に報いて松田聖子の良いようにしてやるべきだろう
頑張れ
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