3月に警察庁が発表した全国の暴力団員数(昨年末時点)は、構成員、準構成員を合わせ約2万400人で、前年比約2000人減、19年連続での減少となった。
一方で「半グレ・準暴力団」は全国で約4000人いるといわれ、さらに最近は闇バイトなどの犯罪集団「トクリュウ」(匿名・流動型犯罪グループ)による事件が多発している。2023年までの3年間で、検挙者数は1万人を超えた。関東在住の暴力団関係者は、この事態を憂いていた。
「暴排条例などの締めつけの前は、ヤクザが地域を押さえていた。だが、今の裏社会は “無法地帯” だ……」
ヤクザについて多くの著書を持つ山平重樹氏の協力のもと、全国の「伝説の侠」たちを調査し、本稿は西日本編としてまとめた。昭和のヤクザたちからは、今では考えられないような豪快な生き様が垣間見えた。
「本来任侠には『強きを挫き弱きを助ける』精神がある。それがなくなったら、存在意義が失われてしまう。ヤクザの数が減ったいま、その精神が問われている」(同前)
時代が変わっても、 “伝説” は続くか。
●【兵庫】山口組を日本一の組織にした親分/田岡一雄(1913~1981年)
徳島の農家に生まれた田岡は、母親の死で神戸市に移転。偶然にも、同級生であった二代目山口組山口登組長の実弟と再会、山口組に入門する。戦後、33歳のときに三代目を継承した。組員はわずか33人だった。
田岡は賭博の収入に見切りをつけ、神戸港の港湾荷役業に進出。また、興行会社の神戸芸能社を立ち上げ、美空ひばりの興行を手がけるようになり、配下の組員にも「正業を持て」と指導していた。
一方で、山口組の全国への進攻作戦を進め、勢力を拡大し、山口組の名を天下に轟かせた。人心掌握術に長け、多くの大幹部を輩出した。
以下ソース
https://news.yahoo.co.jp/articles/67183617b0d71f99d68f0767bc950baed82e179a
引用元: ・美空ひばりの興行を手がけ、山口組の名を天下に轟かせた男「田岡一雄」ほか伝説のヤクザたち [PARADISE★]
ヤクザと関わっちゃだめでしょ
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