しかし、この剣の年代や詳細を特定することはできずその後30年間、謎のままだった。だが最近の研究でついにその謎が解明された。
イベリア半島がイスラムの支配下にあった10世紀頃のものであることが判明したのだ。
■30年前に墓に刺さった状態で発見されたエクスカリバー
この鉄剣「エクスカリバー」の長さは45.72cmで、柄は青銅のプレートで飾られている。刃は切っ先に向かって緩やかに湾曲している。
この形状は、4世紀後半からローマ帝国に侵入したゲルマン人の一派、西ゴート族の剣に似ているため、当初、専門家たちは困惑した。
■1000年前のイスラム騎馬戦士が使用していた剣だった
そこで「エクスカリバー」研究プロジェクトを主導した考古学者、ホセ・ミゲル・オスナ氏らは、「エクスカリバー」を綿密に修復した。
その結果、この剣の年代を1000年前と特定することに成功した。また、剣の長さとハンドガード(つば)がないことから、西ゴート族のものではなく、700年代始めから11世紀始めまでイベリア半島のほとんどを支配していたイスラムの騎馬戦士が使用していたものと推測できるという。
この時代の剣がスペイン、特にバレンシアで見つかるのは大変に珍しいという。バレンシア地方の土壌成分のせいで、地中の遺物がきれいに保存されることは難しいからだ。
似たような標本は、コルドバのアブド・アッラフマーン3世の命により建設されたカリフの町メディナ・アザハラの発掘でひとつだけ出土しているだけだ。
■イベリア半島の支配者の変遷:西ゴート族からイスラムの統治下へ
西ゴート族は、イベリア半島に揺るぎないキリスト教王国を築き、イスラム教徒がこの地の地図を塗り変えてしまうまでの紀元5~8世紀の間存続した。
西暦711年から1492年は、バレンシアを含むイベリア半島がアル=アンダルス王国として知られるイスラムの統治下に入った。この期間は、この地域の歴史の中でも重要な位置づけになった。
イスラム、ウマイヤ朝カリフ帝国の一部として、バレンシアはイスラム学問や芸術革新の中心地として栄えた。
モスク、宮殿、公共インフラが建ち並び、イスラム文明の世界的なエッセンスを反映していた。
都市開発はイスラム下におけるバレンシア変革の基礎となった。街路が拡張され、市場はにぎやかになり、見事な建造物が雲をつくようにそびえたち、都市のレイアウトが綿密に再編された時代だったのだ。
2024年05月11日
https://karapaia.com/archives/52331660.html
引用元: ・【国際】スペインの墓に刺さっていた1000年前の「エクスカリバー」はイスラム起源だったことが判明 [樽悶★]
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