「ついに当たったか」。京都府在住の60代男性は元刑務官だ。大阪拘置所に勤務していた2000年代の苦い記憶を忘れない。朝、出勤すると上司に呼ばれ、執行場所である刑場に死刑囚を連行する職務を命じられた。秘密保持が徹底され、事前に執行を知るのは幹部だけだったという。
相手は複数人を殺害した死刑囚の男。独居房に赴いた男性が「行くぞ」と告げると、普段着の男は返事もせず外へ出て、鉄筋コンクリートの冷え冷えとした廊下を無言で歩いた。手錠はせず、男性ら刑務官3人が両脇を固めて歩いた。
刑場に着き、拘置所幹部が「今から死刑を執行する」と男に宣告した。男は遺体の引受人の希望を伝え、喫煙を許されると、1本だけたばこを吸い、赤いカーペットの敷かれた執行室へと歩いて行った。男性が見たのはここまでだ。
男性によると、当時の大阪拘置所の執行室では一般的に複数の職務があった。死刑囚を踏み板に立たせ、首に縄を掛ける。手足を縛り、目隠しをする。幹部が合図すると、別室にいる複数の刑務官が五つあるボタンを同時に押す。どれか一つが踏み板に連動する仕組みで、床が抜けて死刑囚が落下する。医師の死亡確認後、遺体を下ろすのも刑務官の仕事だった。
精神的負担を軽減するため、ボタンを押す担当として複数人が選ばれる。男性は「若い刑務官が対象だが、結婚したり、子どもが生まれたりしたばかりの人は外す。せめてもの配慮」と内情を明かす。
男性は元々、人命を奪う死刑には反対で、「執行するなら辞職するつもりだった」。ただ、刑務官として経験を重ね、死刑囚らが犯した罪の重さを知るうちに仕事として割り切るしかない、と思うようになった。
「自分ではなく、法律が殺すんだ。そう言い聞かせました」
30年を超えた刑務官人生で、執行が巡ってきたのは一度きり。ただ、何度も関わった刑務官は頭髪が真っ白で「死刑のせいだ」と自嘲気味に語っていた。精神的なストレスは大きく、誰もが執行を避けたがっていたという。
日本で死刑制度を巡る議論は低調だが、今年2月、法曹関係者や国会議員が制度の是非を考える懇話会を立ち上げた。男性は「死刑を維持するにしても、刑務官に負担が掛からない方法を模索できないだろうか」と問いかける。
https://news.yahoo.co.jp/articles/122b91c0bbe6dc55d21adde63effe553e19a4b20
引用元: ・死刑執行人の元刑務官「自分ではなく、法律が殺すんだ。そう言い聞かせました」 [329591784]
そいつに頼め
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